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![]() 美しい日本の私 ~ノーベル文学賞と翻訳~ こんにちは。キーウィです。 ノーベル賞の季節が近づき、毎年候補に挙がる日本の人気作家が今年こそ文学賞を受賞できるかが話題になっています。昨今は政治的な要因が選定に大きく影響するとも噂されるノーベル賞ですが、世界で最も権威ある賞の一つですから大きな注目が集まるのは当然でしょう。 とはいえノーベル文学賞受賞が最高の作家であることの証明かとなると話は別です。例えばノーベル文学賞と芥川賞はどちらが上か? ノーベル文学賞を取っていない有名作家はいくらでもいますが、この人たちは二流なのか? ……こんな論議は無意味です。 なぜなら、賞というものはすべて、それぞれの枠の中で、限られた人たちが、ある決まった基準のもとで選定するに過ぎず、絶対的な評価ではないからです。選考委員の好みもあります。ノーベル文学賞であれば、作品が英語またはスウェーデン語に翻訳されていなければ審査対象になりません。 ![]() (写真 はノーベル賞晩餐会が行われるストックホルム市庁舎黄金の間) 言い換えるとノーベル文学賞はもともと英語圏の作家を念頭に置いた賞なのです。つまり日本の作家には始めから言葉の壁があり、審査を受けるのは作家自身の文章ではなく翻訳された英文です。そのため翻訳者の解釈や技術次第で海外での評価がすっかり変わることもあります。 例えば日本人として初めてノーベル文学賞を受賞した川端康成は、「私の作品がうまいからではなく、翻訳者の翻訳がうまかったから評価されたのではないか」 と述べ、自分の作品を翻訳したE.G. サイデンステッカー氏にノーベル賞の賞金を半分贈ろうとしたほどです。 (Wikipediaでは実際に賞金を渡したとなっていますが、サイデンステッカー氏本人は 「もちろん辞退した」 と書いています) 近年、日本の近隣諸国の中には、自国の作家の作品を国内の翻訳者にどんどん英訳させ、youtubeなどを利用して宣伝することで、国を挙げてノーベル文学賞受賞を目指す動きがあるそうです。詳しいことはわかりませんが、この報道が事実だとすると少なからず違和感を覚えます。 このサイデンステッカー氏にしても、川端の作品をたまたま翻訳して、これを米国でうまく売り込んだ、というわけではありません。同氏は戦争中に日本語を学び、戦後、外交官として来日して日本の文化に魅了され、東京大学で日本文学を学んだ知日派です。 ![]() 米国の大学で日本文学を教えるかたわら、古典では 『源氏物語』、近代文学では川端康成、谷崎潤一郎、三島由紀夫らの作品を次々に翻訳しました。川端がノーベル賞を授賞した際は同行して受賞記念講演の通訳も担当しています。翻訳には本来、これほどまでに深い理解と共感が求められるということです。 その背景には、長い年月にわたる人と人、国と国の交流があり、多様な作品を生み続ける日本の豊かな文学的土壌と伝統がありました。この根本のところに目を向けず、手っ取り早くノーベル文学賞を受賞しようと youtubeで宣伝するのは本末転倒です。 川端康成のノーベル文学賞受賞記念講演 『美しい日本の私』 は、日本人の心が自然と深く結びついていることを語りながら日本の死生観を述べたもので、サイデンステッカー氏による英訳 ("Japan The Beautiful and Myself”) と合わせて一冊の本になっています。 |
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