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本を書く医師 Top漢方薬は甘くない その2 漢方薬の課題

          
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漢方薬は甘くない その2 漢方薬の課題


 漢方医学と西洋医学は人間の体に対する考え方や治す仕組みが違っても、ともに自然界に存在する植物の実、種、皮、根、動物の体の一部、化石、貝殻、鉱物などの 「生薬 (しょうやく)」 の効果を研究し、これを基に発展してきました。

 近代に入って、生薬に含まれる有効成分を取り出して化学構造を解明し、化学合成により効果の高い薬を大量生産できるようにしたのが西洋薬です。化学合成と聞くと人工的で冷たい印象を受けるかもしれませんが、私たちの体を構成する組織はすべて化学物質でできており、生薬の有効成分も化学物質です。

 ですから漢方薬も体内で化学変化を起こすことで薬効を発揮しているはずで、昨今では有効成分を均一化して錠剤や粉末の形にした製品を利用して客観的で信頼性の高い臨床試験が実施され、英語で記載した論文も多数出版されています。

 このように漢方薬と西洋薬は赤の他人ではなく親戚関係にあるため、境界線をはっきり引けないこともあります。例えばコマーシャルでおなじみの太田胃散や正露丸は漢方薬ではないものの、漢方と同様に生薬で作られており、漢方薬と西洋薬の中間的存在と言えます。
                  
 さらには漢方薬と西洋薬が実の兄弟ということもあります。インフルエンザ治療薬タミフルの原料は漢方薬の成分として使われる大茴香 (だいういきょう) で、これは漢方では鎮痛、健胃作用があるとされています。大茴香は中華料理の風味づけに使う八角を干したものですが、八角を使った豚の角煮でインフルエンザが治る…なんてことはありません。
(上の写真は大茴香 (八角)、棒状のものは同じく生薬でシナモンの仲間の桂皮です)。

 しかし課題もあります。漢方薬の素晴らしさを東アジアだけでなく欧米を含む世界中の人に役立ててもらうには、国際的な治療方針を定める必要があります。しかし自然の生薬を使う漢方薬に画一的な基準を導入するのは簡単ではありません。

 漢方薬は医薬品なので含有成分がきちんと明記されていますが、同じ名前の漢方薬でもメーカーごとに製品の濃度に差があります。例えば処方箋なしで買える一般用漢方製剤は、現行の法律によると濃度が半分しかなくてもよいことになっています。またメーカーの製造技術が不十分だと途中で揮発性の有効成分が消失してしまうため、同じ漢方薬でもメーカーによって効果が違うことがあります。

 それどころか、同じ名前の製品なのに違う生薬を使うこともあります。有名なのが白朮 (びゃくじゅつ) と蒼朮 (そうじゅつ) という異なる薬草の混同で、白朮にすべきものまで蒼朮にしているメーカーがあると言われています。
      
 このように日本の漢方に限っても製法や組成が完全には統一されていないことを考えると、日本、中国大陸、朝鮮半島などで独自に発展した伝統医学に共通の指針を作るのがどんなに大変かおわかりになると思います。例えば中国の中医学と日本の漢方を比較すると、同じ名称の薬でも配合している生薬が異なることが少なくありません。

 これは自生している植物も違えば、人の体質も違うからです。この他にも国によって安全性の基準が違い、科学的な検証に対する関心の深さも違います。中には、東アジア伝統医学の今後の国際化によって得られる莫大な利益を念頭に、政治的な力を駆使して自国の伝統医学だけを正統と認定させようとする動きもあるようです。

 こんな状況ではありますが、「根拠に基づく医療 (EBM)」の重要性が世界中で強調される中で、漢方薬だけが経験重視の古い価値観に安住していることはできません。その効果を客観的に確かめ、曖昧な点を明確にし、万が一間違った点があれば正していく努力が不可欠です。

EBM(Evidenced Based Medicine)とは、医学上の意思決定は臨床研究の結果に基づくものでなければならないという考え方です。