「本を書く医師」が医学情報をわかりやすく伝えます
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医学翻訳ってドイツ語の翻訳なの? こんにちは。キーウィです。 「えっ、医学翻訳? ってことは、ドイツ語?」 という言葉、以前も言われたことがあるのですが、一昨日もまた言われてしまいました。一般の皆さんにとっては、医学=ドイツ、というイメージが今も強いということなのでしょうか。 江戸時代、日本は鎖国しており、欧州諸国の中ではオランダだけと交易していました。そのため西洋医学は当初、蘭学と呼ばれるオランダの学問として入ってきました。 杉田玄白、前野良沢らによる有名な解剖学書 『解体新書』 はオランダ語を翻訳して刊行したものですし、現在日本の医療分野で使われているメス、モルヒネ、リューマチ、コレラ、ピンセットなどの用語はオランダ語由来です。ちなみにピンセットは英語では tweezers と言います。 しかし 『解体新書』 の原著はドイツ人がドイツ語で書いたもので、日本に入ってきたのはそのオランダ語版でした。また、幕末に来日して、長崎で日本人に医学を教えたシーボルトはオランダ商館に勤務するドイツ人医師でした。ドイツ語とオランダ語がよく似ていることもあって、シーボルトはオランダ語が堪能で、この二か国語の通訳もしていたようです。 明治時代に入り、19世紀後半から20世紀前半にかけて、ドイツが世界の研究、文化をリードするようになると、日本も直接ドイツ医学を学ぶようになりました。日本の大学にドイツ人医学者が招聘され、それと同時に森鴎外や北里柴三郎を始め、多数の秀才がドイツに留学し、当時の最先端の医学を学んで日本に伝えました。 こうしてドイツ語から入って来た医学用語がウィルス、アレルギー、カルテ、ホルモン、カプセル、ギプス、ワクチン、オブラート、ノイローゼなどです。 この中のウィルスはドイツ語の綴りが virus で発音はヴィールス、英語だと綴りが同じで発音はヴァイラスです。……と聞くと不思議に思いませんか。それなら日本で一般的に使われているウィルスという言い方はどこから来たのでしょうか。 一説によると、明治時代にドイツ語のヴィールスという言葉が入ってきたときに、日本語にはヴィという発音がないので先人たちは非常に困ったのだそうです。それでやむを得ず、ヴをウに変えてウィルスにしたとか。こうなるとドイツ語由来といっても完全に日本語ですね。 英語との関係で言うと、ホルモンはドイツ語で hormon 、英語は hormone と綴りがほとんど同じですし、アレルギーのドイツ語の綴りは allergie で発音はアレルギー、英語だと綴りが allergy で、発音はアラジーですから、これもよく似ています。これと同じ関係にあるのがエネルギーで、ドイツ語の綴りは energie で発音はエネルギー、英語の綴りは energy でエナジーと発音します。 このように英語とドイツ語の科学用語に似ているものが多いのは、インド・ヨーロッパ語族の言語が、古代ギリシャ語もしくはラテン語の共通の語源を有することに加えて、医学を含む自然科学分野では、いわば標準語として、近代までラテン語をそのまま使用する傾向があったからです。 しかし、日本の医学がドイツから学んでいたのも、せいぜい昭和の中頃までの話です。昨今では、基礎医学も臨床医学も、米国が世界の中心になっています。おそらくは、政官財学の連携とか、軍産複合体などの巨大なネットワークを通じて、莫大な資金が流れ込む構図があるからでしょう。 その結果、世界中で出版される文献の圧倒的大部分が、英語で書かれるようになり、現代の日本ではドイツ語の医学書自体見かけなくなりました。 しかし、だからと言って最近の日本の医学界が英語一辺倒かというと、そんなことは全くありません。昨今の医学部の教科書は、基本的にすべて日本語で書かれています。電子カルテが普及し始めたこともあって、カルテの記載も一部の略語を除けば日本語が一般的になりました。これは長い歳月を経て 「日本の医学」 が確立された証拠と言えるかもしれません。 |
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